ジャンプ+で連載中の『ハイパーインフレーション』という作品がある。偽札を身体から出せる能力を手に入れた少年が、奴隷解放を目指して政府側の人間と対決する物語だが、単行本の5巻で、とある国がハンパーインフレに陥ったプロセスが語られる。今回は、そのプロセスを紹介しながら、現実の日本との比較を見ていきたい。
なお話の前提として、紹介される国では日本と同じく、独自通貨の発行権を持ち、その通貨が法律によって強制されていることを頭に入れたし。
第1段階 政府が無制限に紙幣を刷る
景気の悪化に対処するため、政府は大量の紙幣を刷るようになる。本来は金本位制を採用していたが、金が不足していたために兌換は停止され、無制限に刷ることができた。
現実の日本 その1
世界中が金本位制をやめたため、日本もすでに、事実上無制限に紙幣を刷ることが可能になっている。そして実際、紙幣は止めどなく刷られている。
第2段階 景気回復とインフレの発生
その国の紙幣が大量に出回ったので価値は下がったが、大勢の外国人が観光をするようになり、経済が活性化され、景気は回復した。 しかし、ただでさえモノが不足しているところに紙幣を刷りすぎたため、急速に物価が上昇した(インフレの発生)。
現実の日本 その2
まさに現在、円安によって上記のようになっている(インフレの発生)。
第3段階 インフレスパイラル
物価が上がったせいで、売買に多くの現金が必要になる。銀行の現金が底をつきそうになったため、政府はさらに紙幣を刷った。もちろん、そうすると物価は上がってしまうが、銀行から預金を引き出せないと困る国民が、紙幣増刷を求めた。
さらに……
- 紙幣を受け取った国民は物価が上がる前にすぐ使おうとするため、需要が拡大。
- 農家による作物の売り渋り。
- 税率の大幅な引き上げによる脱税の増加。
- 紙幣で貯蓄している意味が失われたため、貴金属、外貨、不動産、生活必需品の買い占めが横行。
- 紙幣不足を補うための商品券の増発。
これらもインフレを促進。つまり、インフレがインフレを呼ぶインフレスパイラルに陥ってしまった。
現実の日本 その3
現在の日本はまだ第2段階であるため、この第3段階は、未来で発生すると予想されることだ。ただし、部分的にはすでに発生している。たとえば、「物価上昇のためさらなる紙幣が増刷される」というのは、「○○へ補助金を支給」というかたちで行われている。また、自分の資産を外貨資産へ逃がす「キャピタルフライト」も最近はよく聞くようになった。商品券は、現代だと、企業やサービス独自の「○○ポイント」になるだろか。脱税はまだそんなに聞かないが、社会保険料がどんどん上がっているため、今後は増えるだろう。先日、年金不足を補うため、ついに政府は厚生年金にも手をつけだした。
第4段階 ハイパーインフレ
もう普通に紙幣を刷っていては間に合わないため、超高額紙幣が乱発されるようになる。市場は混迷を極め、1杯のコーヒーを飲んだあと、2杯目のコーヒーを頼むともう値上がりしている。製品の値札には紙幣で払う場合と硬貨で払う場合の2通りの値がついている(紙よりも金属のほうが価値があるため)。あまりに高額紙幣を発行したためにお釣りが足りない。財布を落としたら「財布が抜かれて紙幣だけが返ってきた」。古い紙幣が火を燃やす燃料や家の壁紙に使われるようになった……etc。
ついに、その紙幣は使われなくなり、人々は禁止されていた外貨での取引を始めるようになる。そして結局、政府もそれを認めるようになる。
現実の日本 その4
さて、日本がハイパーインフレになったらどうなるだろう? 漫画のように、超高額紙幣が乱発されるだろうか。現代は漫画の世界と違って、スマホでデジタル決済が可能なため、超高額紙幣が登場するかはわからない。それよりも、銀行の現金不足を封じるため、預金封鎖が行われる可能性のほうが高そうだ。
「禁止されていた外貨での取引」は確実に行われる。この場合、まずドルが使われるだろう。貴金属の物々交換もあり得そうだ。ビットコインは残念ながら、現在の日本の理解度では、取り扱ってもほんの少数ではないかと思っている。
ただし、忘れてはならないが、このハイパーインフレのプロセスは、日本だけでなく、今や世界各国が辿っている。1970年代に金本位制が終了し、ドル本位制になったときから、こうなる運命だったのだ。金本位制をやめた時点で、どの政府もバラマキの誘惑に抗えなくなった。紙幣をばらまけば簡単に支持率を得られるからだ。加えて現代では、印刷所を動かさずとも、コンピュータでちょっと操作するだけで紙幣の総量が増える。現在、アメリカのFRBはなんとかインフレを退治しようとしているが、結局は「国民の声」を受けた政府に押し切られるだろう。
こうして見たとき、総発行量がもはや絶対に動かせないと言えるほどの領域に達したビットコイン・システムは、インフレから逃れたいと願う人々の格好の受け皿となる。最終的に、ドルを含めたすべての法定通貨は、ビットコインの前に破れるだろう。
おわりに
ここまで国がハイパーインフレに陥るプロセスを見てきたが、現実の日本が、必ずしもこの通りのプロセスを辿るとは限らないことを注意しておきたい。というのも、日銀の財務がかなり悪く、債務超過に陥る可能性があるからだ。日銀は円の信用を引き受ける総本山であるため、ここが崩れると円は一気に紙くずになる。
もちろん、債務超過といっても、それが一時的であれば大事には至らない(過去に外国で債務超過に陥っても大丈夫だったのはこのケース)。問題は、市場がどう捉えるかだ。仮に市場が「日銀の債務超過は一時的だ」と判断すれば円は生きながらえるし、反対に、「日銀はもう手詰まりだ」と思われれば、必然として日銀との取引は停止され、円は死ぬ。市場がどちらの判断をするかは、そのときになってみないとわからない。
とはいえ、債務超過の話は置いておいても、日本はもうハイパーインフレのプロセスに乗ってしまっているし、インフレを退治しようともしていないのだから、いずれにせよハイパーインフレに陥るのは時間の問題だろう。庶民にできることといえば、可能な限りキャピタルフライトをすることだ。幸いなことに、今はインターネットでドル資産もビットコインも簡単に買える。